平成を登った女性たち|在りし日の田部井淳子さんの軌跡から勇気を貰う

山と渓谷2020年6月

 

雑誌「山と渓谷2020年6月号」のなかで「平成を登った女性たち」という記事がある。

 

第2回は、故田部井淳子さんに関する記事だ。

 

ちなみに第1回は、4月号で紹介された山野井妙子さん。

 

こちらの記事も必読。

 

さて、田部井さんと言えば、75年に女性で初めてエベレストに登り、世界七大陸最高峰にも女性初登頂を果たしたことで良く知られている。

 

4ページにわたる記事では、主に田部井さんの人柄について記されている。

 

時代背景から察する苦労

 

「苦労したからこそ、若い世代に手を差し伸べたい」まずはそんな話を引用したい。

 

私が若いことは、苦労をした。エベレストなんて登れないとみんなに言われた。登れるよ、がんばってこいと言ってくれた男性は、夫以外にたった3人

 

山の先輩に気兼ねなく話しかけたり、相談することもできなかった。だから、私は自分から若い人たちの中に入って行く

 

この僅かなエピソードから分かるように、彼女は自己実現にあたって、本当に苦労をしたのだと思う。

 

大きな結果を成し遂げる人は、例外なくこういった苦労を経験し、そして仲間にも支えられている。

 

ただ、それはたいていビジネスの世界の話。

 

楽しいと思ってやっている趣味の世界なのに苦労をする、このあたりが遊びの領域を超越しているように思う。

 

最近は、遊びを極めた人がそれを仕事に変えていく時代だと言われるが、当時からそういった人々が存在していたのだろう。

 

ちなみに75年と言えば、「ほんの小さな出来事に愛は傷ついて~♪」で始まるチューリップの「サボテンの花」が大ヒットし、有名な映画では「ジョーズ」が公開された年だ。

 

そのくらい昔の話なのだ。

 

 

登山はマネジメントが大事

 

また、こんな話も紹介されている。

 

いつも山へ出かけているが、留守中に家族が困らないようにあらゆる準備をしていく。実に常識人だった。

 

この話を聞いて、「私だってそのくらいのことをして山に行くわ」という声も聞こえてきそうだけど、日帰りや1泊程度の山歩きばかりではない。

 

長ければ、数か月にわたる遠征もあっただろう。

 

そんな私生活の一面も紹介されていて、登山には総合的なマネジメント能力が問われると言われるのが納得できる。

 

これは、先月号の「山と渓谷2020年5月号」内、YAMAKEI-HEADLINEで紹介されていた渡邊直子さんも同じようなことに触れている。

 

渡邊さんは看護師をしながら、8000m峰14座を目指していて、残り7座のところまで来ている。

 

14座に向かうのに重要なのはマネジメント”と語っており、そういう切り口で話をするのは、仕事や生活を通じて培われてきた視点だと思う。

 

 

平成期の田部井さんから勇気を貰う

 

このコラムのタイトルは「平成を登った女性たち」とあるのに、田部井さんがエベレストに登頂したのは昭和50年の話。

 

これのどこが平成なのか?

 

そんな疑問を解消するかのごとく、誌面には平成期に入ってからの主な海外登山について、略歴が紹介されている。

 

まず、平成元年(1989年)当時の田部井さんは、すでに50歳になっている。

 

女性初の世界七大陸最高峰を達成したのは、平成4年。

 

彼女が53歳の時なのだ。

 

エルブルース(ロシア)やビンソンマシフ(南極)、カルステンツ・ピラミッド(インドネシア)に登頂したのも50代になってから。

 

57歳でチョ・オユーにも登っているし、60代になってからも7,000m峰に登頂している。

 

あまり知られていないと思うが、田部井さんは世界76か国の最高峰にも登っているのだそう。

 

この話を聞いて、実に楽しそうだと思ったし、実際に楽しかったことだろう。

 

人生は50歳、そして還暦を超えてからもまだまだイケるし、脚光を浴びることがあるのだ。

 

先月のブログで、三浦雄一郎さんの話をしたが、70歳、80歳でも世界最高峰に挑むことは可能なのだ。

 

人生、いくつになっても希望を持ってチャレンジしたい

 

コロナで大変な世の中、たまに立ち止まることだってあるけれど、日々前進なのだ。

 

目指すものがしっかり、はっきりしていれば、年齢などは関係ありませんね。」という言葉が僕は大好きだ。

 

それでもわたしは山に登る (文春文庫)

 

 

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