天塩岳に登って見たくて10月に訪れたら、あまりにも雪が深くて敗退した話

 

こんにちは!やまたび北海道のコモ子です。

 

天塩岳は大雪山系以北で最も有名な山の一つで、日本二百名山の一つとしても日本全国に知られています。

 

そんな天塩岳には山歩きを始めたばかりのころから興味があり、登るチャンスを窺っていたのですが、なかなか縁がありませんでした。

 

天塩岳は、道央圏からかなり遠い山だと勝手に思い込んでいたのですが、よくよく調べると東大雪より近く、層雲峡に行くのとあまり変わらないということが分かりました。

 

そこで今回は10月中旬という晩秋、時期をやや逸してしまった感じがありますが、登ってみることにします。

 

年度は異なりますが、同じ時期にはニペソツ山、黒岳、ニセイカウシュッペ山にも登ったことがあるので、むしろ初冬の山を楽しめるだろうと楽観視していました。

 

*2014年のニペソツ山(10月)

【ニペソツ山|日本二百名山】白いニペソツに会うためには?10月上旬、旭岳初冠雪の時期を目がけて登ろう!

 

*2014年のニセイカウシュッペ山(10月)

【ニセイカウシュッペ山|日本三百名山】10月中旬、初冠雪の山頂と大槍、小槍、アンギラス

 

*2015年の黒岳(10月)

大雪山系黒岳|真っ白い北鎮岳や白雲岳に会いに行こう。10月中旬ならロープウェイとペアリフトを使って簡単に登れます

 

しかし、実際はそう甘くなかったのでした。

 

 

快適な林道から新道登山コースへ

 

天塩岳の登山口は、愛別町から士別町の岩尾内湖に向かう道道101号線の途中から林道に入り、しばらく走ったところにまずは新道登山口が、さらに奥には天塩岳ヒュッテと旧道登山口があります。

 

林道は悪路がないとても快適な道で、新道登山口まで順調に進むことができます。

 

新道登山口周辺の駐車スペースには、合わせて2~3台くらいしか停められませんが、訪れて日の朝は私たちの車しかありませんでした。ハイシーズンの日曜日であれば満車になることが十分予想されますが、今回はすでに紅葉も終わってしまった10月中旬ということで、オフシーズンと感じが否めません。

 

この時期は雪が積もったり解けたりを繰り返すので、登山道が泥だらけ、水たまりだらけということが予想されます。

 

登山靴やトレランシューズの場合、防水透湿仕様であれば足を濡らさずに済ませることができます。でも、スパッツを含め、汚した後の手入れが面倒なのが最大のネックです。そこで長靴の出番です。長靴の場合、

  • スパッツが不要なこと
  • 帰宅後の洗浄が楽なこと

ここが長所になります。難点はアイゼンを取り付けられないことなのですが、さすがの10月の日中にそういう場面に遭遇するとは思えません。

 

高所は雪が積もっていることも考えられるのでスノーシューを背負っていけば良いのですが、そこまで雪が深ければ引き返して帰るということにし、軽装で出発です。

 

徐々に雪が深くなり、ガスもかかって寒くなる

 

旧道への連絡道の手前からすでに雪が現れ、この後は終始雪に悩まされます。

 

最初はくるぶしくらいの積雪なのですが、丸山の手前ではひざ上くらいの深さになります。

 

ツボ足でなければ問題ないので、やはり装備を誤った感があります。

 

おまけに雪が腐ってシャーベット状で、解けた雪が登山道を川のように流れている状況なので、長靴の中にまで雪が浸入して靴下も長靴の中もびちょびちょ…沢靴のようになっています。

 

くるぶしから下の足の感覚が完全にマヒしてしまい、凍傷になるのも時間の問題だと考え、撤退を決めます。すでに丸山を越えて避難小屋の手前ですが、再びガスが濃くて雪深い中を登り返すのは時間がかかり、同行者が高齢のために待っている時間も加わってかなり焦ります。

 

足が凍傷で何らかの後遺症になるのはいいとしても、この状況で行動不能になってしまうのだけは絶対に避けなければならないので、丸山を越えてケルンが見えるあたりで同行者と別行動で自分だけスピード下山をします。持っているもの全部着こんで長靴の中にはカイロを入れて走って走って走りまくって一気に下山。

 

体が温まって足の感覚が戻ったところで同行者たちを待つことにします。

 

危機の回避には装備、脱出には体力が大切だと痛感

 

30分以上待ったころに同行者と合流し、再び下山を開始します。

 

天塩岳はその姿を全く見せてくれませんでしたが、学びが多い山旅でした。

 

長靴の弱点や、冬期に濡れるということが命取りになるということを、身をもって知ることができ、これまでの山旅で最も怖い思いをしました。

 

また同時にスピードハイクは危険へのリスクを低減するということも再確認できました。

 

あの危険な状況をスピーディに切り抜けることができたのは体力あってのことだからです。

 

天塩岳へは近い未来に再びチャレンジしたいと思います。それも冬に。